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仙台地方裁判所 昭和54年(行ク)2号 決定

申立人 社会保険庁長官

被申立人 佐藤悦子

主文

本件訴訟を東京地方裁判所に移送する。

理由

一  被申立人は、「本件処分において、石巻社会保険事務所は行政事件訴訟法一二条三項にいう被告の下級行政機関である」として本訴を当裁判所に提訴したものであるところ、申立人は主文同旨の決定を求め、その理由の要旨は別紙I記載のとおりであり、被申立人の反論は別紙II記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  行政事件訴訟法一二条三項の特別管轄が、国民の出訴を容易にし、証拠資料収集の便宜に資することを目的として、同条一項の特則として規定されていることに鑑みれば、同項の「事案の処理に当つた」とは、資料の収集補助をなす程度では足りず、事案の調査を行ない、上級庁が処分をするに際し事案の調査に基づく意見を具申するなど実質的に処分の成立に関与することを意味すると解するのが相当である。

2  社会保険事務所は地方自治法施行規程七三条に基づいて設置され、厚生年金保険法の施行に関する事務を所掌事務の範囲に含んでいる。右事務に従事する職員は官吏であるが(地方自治法附則八条、同法施行規程六九条二号)、都道府県知事の指揮監督に服し、知事の職権に属する事務の一部を委任される(同規程七二条、七三条)。また遺族年金受給権裁定請求手続は、請求書を都道府県知事を経由して被告に提出するもの(厚生年金保険法施行規則八一条の二第三項、六〇条)と規定されている。しかし、右各法規の規定のみでは、社会保険事務所の担当職務内容は明らかでないので、この点について検討すると、証人遠藤浩の証言及びこれにより成立を認めうる乙第一号証によれば、社会保険庁における保険受給権裁定のための審査は原則として書面審査で行なわれ、遺族年金の請求について、社会保険事務所では、社会保険庁が都道府県知事に通知した要領に基づいて作成された定型の請求書を請求者に交付し、必要事項の記載の有無及び形式的な正確性、必要添付書類の有無を点検確認して被告に審査のため送付するのみで、受給権の存否を決定する事実関係について調査検討することはないことが認められる。以上の事実によれば、社会保険事務所で行なわれている事務が行政事件訴訟法一二条三項にいう「事案の処理に当つた」とは認められない。

三  よつて本件訴訟は被告所在地を管轄する東京地方裁判所に移送することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三〇条により主文のとおり決定する。

(裁判官 石川良雄 今井理基夫 藤村真知子)

別紙I

申立の理由

一 石巻社会保険事務所は、社会保険庁の下級行政機関ではなく、宮城県の地方機関である。その理由は次のとおりである。

1 まず厚生省設置法には、社会保険事務所の設置に関する規定は何ら設けられていないから、同事務所は、国家行政組織法第九条に規定する地方支分部局とは到底いえない。

2 また社会保険事務所は、地方自治法施行規程第七三条に基づき設けられるが、同条では社会保険事務所が社会保険庁の下級行政機関であるとは規定しておらず、かえつて同規程第七一条及び第七二条に社会保険事務所の職員は都道府県知事の指揮監督に服し、都道府県知事の権限に属する事務に従事するものと規定していることに照らし、社会保険事務所は都道府県知事の権限の分掌機関であるといえる。そのため社会保険事務所の所掌事務の具体的内容は、国の法令上では規定するところがなく、各都道府県の行政組織規則で規定されているのである。

このことは宮城県においてもかわるところがなく、その行政組織規則第四条は社会保険事務所が宮城県の地方機関であることを明記したうえ、第一〇二条でその所掌事務を規定している(なお同規則第一〇二条は社会保険事務所の業務第一課、第二課の所掌事務に「保険給付に関すること」をも規定するが、厚生年金保険法は第四条及び同施行令第一条により脱退手当金の裁定に関する権限のみを都道府県知事に委任し、その他の保険給付に関する権限は委任されていないから、これら権限は社会保険事務所の所掌事務には含まれない)。

二 原告の主張は石巻社会保険事務所が本件不支給処分に関し行政事件訴訟法第一二条第三項にいう「事案の処理に当つた」機関であるとする点でも不当というほかない。すなわち同事務所は厚生年金保険遺族年金裁定請求に係る手続について規定する厚生年金保険法施行規則第六〇条及び第八一条の二に基づき都道府県知事が行う経由事務を取扱うにすぎないからである。また原告は裁定事務には個別、具体的な事実調査が必ず伴うべきであると主張するが、前記規定は裁定処分が書面審査により行われることを前提としている趣旨が窺われるばかりでなく、裁定処分を行なうに際して行政庁に事実調査は義務付けられていないこと(厚生年金保険法一〇〇条において行政庁は必要と認めたときは立入検査等を行なうことができる旨を規定しているにすぎない。)を勘案すると、右主張は認め難い。もとより本件不支給処分についてもそのような事実調査は全く行われていない(同規則第六〇条第三項掲記の請求書に添付すべき書類等の確認にとどまる。)。

別紙II

原告の反論

一 石巻社会保険事務所は、行政事件訴訟法第一二条第三項に規定する被告の下級行政機関である。

1 地方自治法施行規程第七三条第一項の規定に基づき、国は、社会保険事務所を設置すべきところ、石巻社会保険事務所は、同規程に基づき国によつて設置されたものであつて、被告の主張するような単なる宮城県の地方機関ではない。宮城県規則昭和三五年七六号行政組織規則第一〇二条にもそれは明記されている。社会保険庁は、政府の管掌する厚生年金保険事業を運営するものとされ、社会保険庁長官は、右の社会保険庁の長であり、厚生年金事業の最高責任者として、厚生年金保険事業を統轄すべきものであり、右の厚生年金保険事務を任務とする社会保険事務所の事務もその統轄下に入るものであり、社会保険事務所は、一般的に社会保険庁長官の下級行政機関として機能すべきものである。行政事件訴訟法第一二条第三項にいわゆる下級行政機関は、単に国の機関のみではなく、本来国の事務であつたものを国より委任を受けて行う地方公共団体の機関をも含むものであるからである。

また、本来被告の統轄する事務であつて、各地方において行われる事務を取り扱う機関は、各都道府県の社会保険事務所以外にはないからである。また、受給資格裁定についても、社会保険事務所を除いて被告の地方機関として機能し得るものはない。

2 また、社会保険事務に関しては、その行政不服審査機関として、各都道府県に社会保険審査官が、さらに再審査機関として社会保険審査会が設置されているが、その趣旨は受給権者の受給権の有無、内容の審査事務については、その裁定の是非を判定するために地方に在住する受給権者について個別調査をなす必要があり、その便宜のため、その他受給権者の利益のためと考えられる。

行政事件訴訟法の原処分主義は、原処分はその処分の対象となる国民に地理的に密着し、事実調査を十分に了してなされることを建前としており、審査段階にもまして、社会保険庁長官の裁定においては事実調査の便宜のため、各都道府県における調査をなすべきである。

3 本来社会保険庁長官のなす厚生年金保険法第三三条の裁定事務は、その性質上事実調査、確認、法律の適用という段階をたどるべきものであり、これをなすについては、正確な事実調査を前提とすべきである。単に請求者の提出する書面のみに基づいて適否を決すべきではなく、問題がある場合には、個別に詳細な事実調査をなすべきは裁定の性質上当然であろう。社会保険事務所には、厚生年金被保険者である者の適用に関することなる事務分掌があり、また、社会保険庁長官のなす裁定事務が個別具体的な事実調査を要することを建て前とすること、不服審査機関でさえ地方に散在し調査事務を行つていること、裁定に要する書類は、社会保険事務所に提出すべきこととされていること、裁定に関しては、社会保険庁年金保険部は社会保険事務所以外に地方機関を持たないことからすれば、裁定は、社会保険庁長官が統一的になすにしても、その裁定の結果に重大な関連を有する基礎資料は、社会保険事務所において収集されざるを得ず、また、されるべきものであり、その業務は当然に価値判断も伴うものである。

よつて社会保険事務所は、単なる経由庁ではなく、社会保険庁長官のなす裁定事務中基礎資料の収集事務を掌るべきものである。

二 行政事件訴訟法の特別管轄の規定(行政事件訴訟法第一二条三項)は、憲法の定める国民の裁判を受ける権利を、行政事件においても裁判管轄の面から、実質的に保障しようとした規定である。したがつて、同条の解釈適用にあたつては、行政庁の便宜のみを考えることなく、まず、同条の立法趣旨である国民の権利利益の実質的救済の観点に立ち、管轄を広く認める姿勢を基本的に保つべきである。訴訟のために原告が上京し、相当の出費を余儀なくさせられるとすれば、一般的には、経済的に恵まれない、いわゆる経済的弱者である年金受給権者から、実質的に裁判を受ける権利を奪う結果となるであろう。

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